◆熊本の不動産事情って?
1.地理・気候
熊本県は九州地方のほぼ中央に位置している。面積は7,400平方キロメートル。全国で第15位の広さ。世界に誇るカルデラを持つ阿蘇山など標高1,000メートルを越える山々に囲まれている。西には有明海、八代海に面してリアス式海岸が不知火海に面する。「阿蘇くじゅう国立公園」、「雲仙天草国立公園」と2つの国立公園を持つ。
周りには、有明海、不知火海、東シナ海。東部には活火山である、世界最大級のカルデラ、外輪山を持つ「阿蘇山」がそびえる。外輪山の内側を中心に阿蘇くじゅう国立公園に指定され、観光・レジャースポットなどが多く点在する有数な場所でもある。
気候は太平洋側気候で温暖だが、内陸性気候のため寒暑の差が大きい。真夏の最高気温が35度以上になる日もしばしばである。そういった日は深夜遅くまで高温が続く。また、反対に真冬の最低気温は氷点下になることもあり、阿蘇山など山頂付近では毎年多量の積雪となる。平野部では降雪や積雪は比較的少ない。梅雨後期には湿度が高くなり集中的な大雨をもたらす。降水量も年間2,000ミリ以上である。
2.歴史
4世紀後半期に前方後円墳が県内各地で築造された。「火の君」という豪族が栄えたのもこのころである。
律令時代になると、豊かな熊本県は九州で唯一の「大国」となる。
慶長5(1600)年の関ヶ原の戦いで滅んだ小西氏のあと、肥後を統一した加藤清正は熊本城を築いた。領内では土木・治水工事を手掛けるなど多くの業績を残した。
天草は長崎に近く、小西氏がキリシタン大名であったことから、キリシタンの数が多かった。コレジオ(天草学林)が建てられたり、ラテン語や天文学などキリシタン文化が栄えたが、唐津藩12万石の領主である寺沢はキリシタンを弾圧。過酷な徴税を行った。
そのことから島原の乱が起き、住民の半分が参加し、全滅した。
この翌年鎖国令が出たのもこの乱が大きな原因になった。天草は明治維新まで天領となった。
明治4(1871)年、廃藩置県により熊本藩は熊本県に、人吉藩は人吉県に、天草は一時、長崎県に編入される。熊本県はその後白川県と改められ、1873年、白川県と八代県が合併して白川県となった。明治10(1877)年、再び熊本県に改名され、現在の熊本県の誕生となった。
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